8月19日は「世界人道の日(World Humanitarian Day)」
2003年8月19日、イラク・バグダッドの国連事務所本部が爆撃され、人道支援関係者22人が命を落とし、100名以上が負傷した事件を機に、2008年の国連議会で毎年8月19日を世界人道の日として制定。
2025年現在も、多くの国々で紛争が勃発し、世界は、気候危機と共に恒久的平和への危機、換言すれば、地球環境と人道の危機に瀕しています。
紛争によって、対立国間の軍人だけではなく、紛争を望まない一般市民、殊に、社会的及び身体的に弱者となり易い多くの女性と子どもたちが犠牲となります。
生命の危機に瀕するガザ地区の子どもたちの健康状態と共に、軍事的解決による長年に及ぶ憎悪の増幅スパイラルについて考えてみましょう。
目次
1. 中東地域の対立構造と歴史
1.1 ハマスによる宣戦布告
1.2 イスラエル建国
1.3 1948年以降の対立史
2. 紛争地ガザ地区の概況
2.1 死者・負傷者数
2.2 紛争地の概況
3. 紛争地の子どもたちと健康
3.1 迫りくる感染症の脅威
3.2 危機に瀕する栄養状態
3.3 紛争と53か国の食糧危機
4. 攻撃の犠牲となる医療体制
4.1 赤十字社の歴史
4.2 医療体制への攻撃
5. まとめ
1. 中東地域の対立構造と歴史
イスラエルとパレスチナに平和が訪れる日は、やって来るのでしょうか。
悲愴感を伴う出口の見えない紛争の歴史。ガザ地区で繰り広げられている惨劇を、2023年10月7日朝の勃発時から、時を遡って見ていきましょう。
1.1 ハマスによる宣戦布告
2023年10月7日朝。パレスチナのイスラーム組織ハマスにより、突如として、数千に及ぶロケット弾の発射と共に宣戦布告を受けたパレスチナ領ガザ地区に程近いイスラエル領内の地域。開戦当日だけで、被爆国の死者数は約1,200人に上りました。
攻撃に応戦し、イスラエル軍はガザ地区を完全封鎖すると共に、インフラや食糧など生活必需品の供給を停止し、空爆を開始。イスラエル軍の攻撃により、2023年10月17日時点までに約3,000人の死亡が確認されました。
宣戦布告を行ったハマスは正式名称をイスラーム抵抗運動と言い、1987年に結成されたパレスチナのスンナ派イスラーム原理主義、民族主義的な政治・軍事組織で、現在はガザ地区を統治。スンナ(スンニ)派は、2020年現在、20億人の信徒を擁するイスラーム教の2大宗派の1つであり、約90%を占める最大宗派です。
ガザ地区はパレスチナ領内にある一方で、地理的には、イスラエル領内にポツンと孤立した飛地の様相を呈しており、ライフラインもイスラエルに掌握されるなど、パレスチナによる実権が不在の領土となっています。
1.2 パレスチナとイスラエル建国
1948年のイスラエル建国以前、現在のガザ地区はイギリスの植民地支配下にありました。当時のガザ地区を含むパレスチナ領内には、多数派のアラブ人と少数のユダヤ人やその他の民族が共住。
そのような中で国際社会は、離散の民族であるユダヤ人のためのナショナル・ホームを建国すべく、その統治主権をイギリスに一任。
ナチス政権の迫害により、多くのユダヤ人がパレスチナへ流入し、先住権を巡って両民族は対立関係へ発展。
ユダヤ人団体はパレスチナの宗主国であるイギリスに対し、パレスチナ領内に於けるユダヤ人のナショナル・ホーム建設の要望書を提出し、当時の外相であったアーサー・バルフォア氏によって受諾されました。この受諾内容は「バルフォア宣言」と呼ばれています。
パレスチナとユダヤ人入植者間の対立が激化する中、イギリスは仲介役としての役割を果たすことなく、領地問題未解決のまま、1948年に撤退。イギリスが撤退後、ユダヤ人指導者たちによって、直ちにイスラエルが建国されました。
1.3 1948年以降の対立史
1948年のイスラエル建国を機に、アラブ連盟に加盟するシリア、レバノン、ヨルダン、イラク、エジプトの5カ国がイスラエルを一斉攻撃し、第一次中東戦争が勃発。出口の見えない紛争の幕開けです。
アラブ連盟加盟国は、イスラエル軍の5倍に相当する軍勢で蜂起したものの、停戦までに領土のほとんどはイスラエルの占領地となり、現在、パレスチナの領土であるガザ地区はエジプトの支配下に、ヨルダン川西岸はヨルダンによって支配され、多くのパレスチナ人が難民と化しました。
1967年、第三次中東戦争によって、イスラエルがヨルダン川西岸地区・ガザ地区も占領。1973年にもイスラエルとアラブ連盟は交戦し第四次中東戦争に発展。
幾多の中東地域に於ける紛争を経て、その後、1993年のオスロ合意等に基づき、1995年以降、パレスチナ自治政府(PA)が西岸及びガザで自治を開始。
2005年1月、PA長官選挙が実施され、パレスチナ解放機構(PLO)も兼任するマフムード・アッバース氏が大統領として就任し、現在に至っています。
2. 紛争地ガザ地区の概況
停戦に向け一進一退を繰り返すパレスチナ・イスラエル紛争。2025年8月18日、ハマス軍は停戦に対して合意の意向を示したと伝えられています。
福岡市よりやや広い365㎢の面積を有する焦土と化したガザ地区。現在までの被害状況はどのようになっているのでしょうか。
2.1 紛争による死亡者数
統計結果によると、2025年7月31日時点で、イスラエル軍の侵襲によるガザ地区のパレスチナ人死者数は61,158 人、負傷者は143,000人に上っています。
亡くなられた方々は、60歳未満の男性が約46%、60歳未満の女性が約16%、17歳以下の子どもが31%、60歳以上の高齢者が約7%が該当。未来を担う多くの子ども達の命が奪われています。
2.2 紛争地の概況
紛争による死亡者数には、爆撃など直接的な武力行使に起因する死亡のみが反映されており、医療的ケアの欠如や栄養状態の劣悪化による死亡なども含めると、死亡者数は大きく跳ね上がり、殊に、健康リスクを被り易い子どもや高齢者、周産期にある女性たちの割合が更に増すと考えられます。
2023年時点で、三重県と同程度の5,655㎢に約325万人の住民を抱えていた西岸地区の多くの市街地は荒れ果て、約222万人の人口を擁していたガザ地区住民の約90%は離散を余儀なくされました。
70%に及ぶインフラストラクチャーは破壊され、壊滅状態となっており、約2年弱の紛争によって荒廃した生活圏で日常の平穏を取り戻すためには、まだまだ時間を要することが予測されます。
3. 紛争地の子どもたちと健康
パレスチナ・イスラエル紛争に於いて、犠牲者の半数以上が女性と子どもたちです。殊に、子どもたちの栄養状態を始めとした健康状態は深刻であり、停戦後にも飢餓や病気との闘いが待ち受けています。
子どもたちの健康に焦点を絞り、現状を見ていきましょう。
3.1 迫りくる感染症の脅威
イスラエル軍による衛生管理施設の破壊に伴い、2024年にポリオウィルスのアウトブレイクが発生した前例から、ポリオが疑われる急性弛緩性麻痺(acute flaccid paralysis:AFP)を主訴とするウィルス感染症などの脅威が再度懸念されています。
ポリオウィルスは、ヒト間で感染し、病原体から排出された糞便に混入し、手指を介して感染が確立。
多くは不顕性のまま感染を終えますが、発症例では、発熱、頭痛、咽頭痛、悪心、嘔吐などの感冒様症状を呈し、重症化に伴い、弛緩性麻痺や延髄障害によって呼吸器症状を合併します。
「急性灰白髄炎:ポリオ」は全数把握疾患(2類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない感染症として指定されていますが、WHO西太平洋地域に於いては、1997年のカンボジアに於ける症例が最後であり、2000年の京都会議で、西太平洋地域に於けるポリオ根絶宣言を表明。
3.2 危機に瀕する栄養状態
総合的食料安全保障レベル分類:The Integrated Food Security Phase Classification (IPC) の報告によると、2025年3月2日に執行された支援体制への供給停止によって、57名の子どもたちが飢餓による犠牲となりました。
飢餓による犠牲者は、潜在的な数も勘案すると、増加の一途であることが懸念され、年内中に、5歳未満の子どもたちの内71,000人が急性栄養失調状態の危機に瀕することが予測されています。
また、17,000人に及ぶ妊産婦の栄養失調状態の危機であることから、胎児及び乳幼児の栄養状態は深刻です。
栄養状態の悪化及び、不衛生な環境により、下痢症状から脱水症状を誘発し、傷病の回復も遅延、更なる感染症や他の疾病罹患への脅威、発達不良の懸念にもさらされています。
3.3 紛争と53か国の食糧危機
世界食糧計画(WFP)の報告によると、2024年時点に於いて、緊急の危機的飢餓状態に瀕している人口は、世界で2億9,500万人。前年の2023年と比較し、約1,400万人の増加が見られ、大災難の記録を年々更新しています。
過去6年間で、ガザ地区からスーダン、イエメンからマリに至るまでのアフリカ大陸各地は暴力の脅威が急進し拡大、結果として、約3,800万人にも及ぶ子どもたちの栄養状態は危機的な飢餓状態に晒されています。
これらの地域では、紛争と相まって、気候危機による洪水や旱魃に伴い、食糧不足と感染症の蔓延も直撃し、生命の危機は日々拡大。
同じ地球に暮らしながら、大きな格差が発生している緊急事態下に於いて、食べ放題で食べ残し、玩具を手に入れるために食料を廃棄し、「食糧難は遠い異国で起きていること」と見逃すことはできるのでしょうか。
4. 攻撃の犠牲となる医療体制
被害者への支援を目的とした医療体制への攻撃も残酷に行われています。様々な支援団体が紛争地で活動していますが、紛争地などに於ける医療的支援活動で著名な赤十字社を中心に、創設理念や活動の歴史、医療体制の被害状況と、世界各地の紛争地域に於ける食糧危機について見ていきましょう。
4.1 赤十字社の歴史
国際赤十字社は、イタリア統一戦争(1859年)の惨事に直面し、「敵味方の区別なく救いたい」と言う理念の下、スイス人実業家アンリ・デュナン氏(1828-1910)によって、1864年に創設されました。氏は、1901年(明治34)に、第1回ノーベル平和賞を受賞。
その後、赤十字国際委員会として、1917年の第一次世界大戦時、1944年の第二次世界大戦時、1963年ICRC(赤十字国際委員会)100周年と、過去3回に亘ってノーベル平和賞を受賞しています。
日本赤十字社創設者である佐賀藩士の佐野常民は、1867年(慶応3)パリ万国博覧会に派遣され、万博グランプリを受賞した国際赤十字社の創設理念である「敵味方の区別なく、救う」という精神に感銘を受け、1873年のウィーン万国博覧会へも参加し、国際赤十字社関連の展示ブースを見学。
「惻隠」すなわち、労りの心、同情や哀れみの心は、生まれながらに天から授かったものという儒教の教えを大切していた氏は、1886年、赤十字思想をもとに日本赤十字社の前身となる博愛社を設立するに至りました。
4.2 医療体制への攻撃
1863年10月、16か国代表により、戦時下における負傷者を救護するための国際条約である「ジュネーブ条約」に調印。翌1864年8月には、15か国外公会議に於いても調印されました。
ジュネーブ条約は、通称、国際赤十字法とも呼ばれており、世界初であり唯一の国際人道法。紛争当事国は、いかなる場合に於いても、医療体制を攻撃してはならず、常にこれを尊重し、保護しなければならないと明記されています。
1886年、ジュネーブ条約へ日本も批准し、1949年8月12日ジュネーブ諸条約加入を世界に対し約束。1952年8月14日に「日本赤十字社法」を施行し、1953年4月21日に加入、1953年10月21日に発効しました。
ジュネーブ条約が存在する一方で、パレスチナのイスラエル軍による占領地に於いて、304にも及ぶ医療施設が攻撃の的となりました。
また、ウクライナに於いても310に及ぶ医療施設が標的となり、支援に駆け付けた医療スタッフは、紛争国による、殺害、傷害、逮捕と言った非人道的行為によって、生命の危機に直面しています。
5. まとめ
一部の政治家や経済界の欺瞞や利権、軍人による暴徒化によって、子どもたちや傷病人の支援を行う医療体制など、全く罪のない人たちに、なぜ被害が及び、命が奪われる事態が発生し繰り返されているのでしょうか。
紛争国として直接戦争に加担していなくとも、技術先進国に於いては、軍需産業として戦争によって繁栄がもたらされている企業も存在します。
どのような形態に於いても、戦争に加担することは回避すべきことであって、自分たちの家族が笑顔で過ごし、食にも欠くことが無く幸せであれば良いという考えは、本当に平和な状態と言えるのでしょうか。
また、気候危機に関しても、技術先進国で暮らす人々が便利で快適な物質的な豊かさを享受するため、絶え間ない開発を推進することによって拍車をかけ、紛争地域で苦難に喘ぐ人々を更に窮地に追い込んでいることも自覚しなくてはなりません。
世界人道の日を機会に、目の前にある日常だけではなく、広く世界を見渡し、思いを巡らせ、未来を担う子どもたちと一緒に「本当の平和」について考えることも大切であり、この思いが皆さんと共有できましたら幸いです。
【参考文献・URL】
World Humanitarian Day
https://www.worldhumanitarianday.org/
WHO
https://www.who.int/
The Integrated Food Security Phase Classification (IPC)
https://www.ipcinfo.org/
International Committee of the Red Cross
https://www.icrc.org/en
Genève internationale
https://geneve-int.org/
外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/index.html
日本赤十字社
赤十字情報プラザ配布資料
Veni Sancte Spiritus
Pacem in Terris