健康的なライフスタイルに欠かせないフィジカルアクティビティ。
日々の生活の中で取り組みやすい、ジョギング・サイクリング・ウォーキング・ヨガのうち、何れか1つ、または、複数を組み合わせたエクササイズを行っている方が多いのではないでしょうか。
ウェルネスや病気の予防を目的とした活動量の凡その目安は、WHOを始めとした公的機関からガイドラインとして示されていますが、具体的に、どのようなエクササイズを、どのくらい行えば、どの病気の予防として有効であるかを明確に示した推奨は見られません。
それは、運動強度や頻度、また、個体差など、個人に帰する多くのファクターもフィジカルアクティビティの成果に影響を及ぼすためです。
一方で、「効果的なウォーキング歩数は10,000歩」が暗黙のルールとなっており、日常会話の中で、「今日は10,000歩も歩いた」と達成感を持って語られ、「4,000歩しか歩いていない」と未達成の敗北感に駆られることもしばしば。
果たして、1万歩は、ヘルスベネフィットの恩恵を受けるために、万人にとって必須の歩数なのでしょうか。
10年間で施行された調査結果を基に、万人にとって有効な歩数の基準値が示されました。公表された最新の研究結果から、その答えを探ってみましょう。
目次
1. ウォーキングの効果
1.1 心身に与える影響
1.2 歩数と健康の関係
2. 予防的歩数の科学的検証
2.1 科学的検証の背景
2.2 検証方法
3. 病気を予防できる歩数
3.1 総合的に予防効果が高い歩数
3.2 疾患別予防効果が高い歩数
4. 効果的なウォーキングとは?
4.1 推奨される歩数と速度
4.2 世界的を圧巻Japanese Walking
5. まとめ
1. ウォーキングの効果
日常生活の中で最も取り入れやすく、手軽に行うことが可能な有酸素運動のウォーキング。どのような効果が得られるのか、具体的に見ていきましょう。
1.1 心身に与える影響
ウォーキングの効果と偏に言っても、周囲の自然環境や、速度・勾配・年齢・基礎疾患によっても得られる効果に違いが生じます。
他方、ウォーキングは誰にでも容易に実施できるエクササイズであると共に、目的に応じて、自由自在に運動強度や実施環境を調整することが可能であるため、調整次第で多様な疾病予防やウェイトマネジメントの効果も期待できます。
ゆえに、ウォーキングは万人に対する万能薬。
米国疾病予防管理センター前所長トーマス・フリーデン氏は、以下の項目をウォーキングの驚くべき5つの効果として紹介しています。
1) 肥満は約30%が遺伝要因である一方で、1時間程度の早歩きは減量効果を顕著に高める。
2) 15分程度のウォーキングでさえ、暴食したスナック菓子類由来の血糖値スパイクも抑制が可能。
3) 週に7時間以上のウォーキング習慣がある人は、週3時間以下の人と比べて、乳がん罹患率が14%低下。
4) 関節痛を誘発する関節炎を緩和し、週8㎞から10km弱のウォーキング習慣は関節炎を予防。
5) 週5日かつ20分以上のウォーキング習慣は免疫力を高め、風邪やインフルエンザの罹患率を低減する。
早速明日からでも始めたくなる内容ですね。
1.2 歩数と健康の関係
有酸素運動はヘルスベネフィットが高いと言うことは広く周知の事実です。では、なぜ有酸素運動を行うことは健康に良いと言われるのでしょうか。
それは、有酸素運動によって、体内に酸素を効率よく取り込むことができるからです。
では、体内に酸素を効率よく取り込むと、どのような変化がもたらされるのでしょうか。
筋肉の収縮させることで身体の運動機能は活発化しますが、長時間に亘り可動させるためには、グリコーゲン(糖質)だけではエネルギー源として不十分。そこで、脂肪も分解し、エネルギーに変換する必要があります。
脂肪を分解するためには、大量の酸素が必要となります。そこで、効率的に酸素を体内へ供給する手段として有酸素運動を行い、酸素の取込みを加速増大させます。
一方、酸素を大量に取り込んでから分解機能が高まるまでに、少なくとも20分程度の時間を要します。
ウォーキング実施時間と歩数の関係性から換算すると、10分が凡そ1,000歩の目安。
それ故、少なくとも2,000歩程度以上が、身体機能を高めながら、グリコーゲンや脂肪を効率的に分解し、生活習慣病などの疾患予防を可能にする健康ベネフィットへの下限値となります。
2. 予防的歩数の科学的検証
ウォーキングには様々な効果があることは自明の理であるようですが、改めて科学的に検証を行う背景と、実際の検証方法について見ていきましょう。
2.1 科学的検証の背景
過去10年間に及ぶ科学的検証によって、ウォーキングが健康に寄与することは明らかとなり、健康に対する意識の高まりによって、ウォーキング人口は増加。
一方で、「10,000歩は健康にとって良い」と言う漠然とした指標がまかり通っており、また、疾患予防効果としても、単一疾患毎の検証が大半を占め、予防効果が期待できる疾患を横断的に網羅し検証を重ねた報告はありませんでした。
今回の科学的検証では、ウォーキングは、どのような疾患予防に有効で、10,000歩の有効性と万人にとって必須の歩数であるのか否か、加えて、万人にとって有効な歩数の目安も新たに検討の上、公表に至っています。
一体、どのような研究手法を用いて検証されたのでしょうか。
2.2 検証方法
精度の高い科学的根拠を求めるための分析手法として用いられたのは、医学研究の最上位に位置するシステマティックレビューと用量反応メタ解析。世界中から報告された文献を基に、これら2つの方法を用いて、分析は進められました。
システマティックレビューは、「ウォーキング歩数によって成果に違いは生ずるか否か」などのクリニカルクエスチョンに対し、過去に行われた複数の研究結果を定性的あるいは定量的に分析する手法。
他方の用量反応メタ解析は、過去に行われた複数の研究結果から、作用強度など目安となる数値を求め、定量的な解析を深化させる手法です。
これらの分析手法で得られた科学的根拠を基に、治療方針の道しるべとなるガイドラインが作成されます。
今回、分析に用いられた文献は、2014年1月から2025年2月14日の10年間で「歩数と健康アウトカムの相関関係」を検討した研究。
ウォーキング歩数毎に分類し、疾病予防効果と死亡原因疾患をアウトカムとし、観察したコホート研究35件から57症例に対しシステマティックレビューを実施。
対象者の年齢構成は、57症例中65歳未満の一般成人が56%、65歳以上の高齢者が44%となっています。
また、コホート研究24件から31症例を用量反応メタ解析の手法を用いることによって、更に分析が進められました。
分析の基盤となるコホート研究では、オーストラリア・ブラジル・エストニア・日本・ノルウェー・スペイン・スウェーデン・タイ・台湾・米国・イギリスで実施された研究内容が用いられ、中でも、日本・米国・イギリスの3か国で実施された研究が約70%と分析対象の大多数を占めています。
次章で結果を見ていきましょう。
3. 病気を予防できる歩数
歩数と健康アウトカム検証の対象疾患として、循環器疾患(心筋梗塞や狭心症などの心疾患)、がん、2型糖尿病、認知機能、メンタルヘルス、運動機能の6項目に関するウォーキング効果及び、有効な歩数の検証結果は以下の通りです。
3.1 総合的に予防効果が高い歩数
検証の結果、全ての疾患や不定愁訴に於いて予防効果が高い歩数は、1日7,000歩であることが判明。
なお、2,000歩から12,000歩の範囲では、全ての歩数で健康維持や改善効果が確認されました。歩数が1,000歩増加するに伴い、全ての疾患に於いて、罹患リスクが減少することも判明しています。
3.2 疾患別予防効果が高い歩数
疾病予防効果を得るには、1日何歩歩けば良いのでしょうか。疾患別に見ていきましょう。
1) 心筋梗塞や狭心症などの循環器疾患
65歳未満の成人 約7,800歩
65歳以上の高齢者 約5,400歩
2) がん 約4,000歩
大腸がんや乳がんなど、発症要因として肥満と関連性が高いがんでより予防効果を発揮すると考えられます。
3) 2型糖尿病 2,000歩以上10,000歩以下
上記歩数内であれば、多少を問わず、糖尿病発症リスクを5%軽減可能。
4) 認知機能 約8,800歩
5) メンタルヘルス
歩数として明確な指標は得られていない一方で、歩数が1,000歩増加する毎に抑うつ傾向は改善。
6) 運動機能 7,000歩
慢性的な疼痛の緩和や廃用症候群予防目的、また、65歳以上の高齢者では、約4,100歩で改善効果。
なお、これらはあくまでも目安の1つですので、基礎疾患をお持ちの方などは、かかりつけ医にご相談の上、最も適度な歩数と強度で実施なさることを推奨します。
4. 効果的なウォーキングとは?
歩数の増加に伴い、健康への効用も高まるウォーキング。更に効果を高め、目に見える成果として実感したい場合は、漫然と歩くのではなく、意識的に歩くことが重要です。
さて、何を意識して歩くことで運動効果は高まるのでしょうか。
4.1 推奨される速度と負荷
第一に速度。
速度を上げることで運動強度も上昇します。早歩きの目安は、1時間で6,400歩程度。野球などの団体球技やサーフィンと同等レベルの運動量であり、速度を上げることで、ウォーキングは立派なエクササイズに変化します。
また、速度を上げることによって、付随して身体機能を高める動きが発生します。
目標時間内に歩数を上げることによって、歩幅の大きさも重要となり、歩幅を取るためには、両腕を振り上げる腕力も重要となるため、背部を含む全身の筋肉が総動員され、身体機能も強化されます。
次に、勾配や荷物などの物理的負荷。
平地だけではなく、ウォーキングルートに坂道などの勾配も活用することで、酸素吸入量が増加し呼吸器機能を高めると共に、上り坂では中性脂肪削減効果、下り坂では耐糖能の向上と、生活習慣病の予防効果を発揮し、かつ、転倒予防にも効果的です。
勾配による負荷だけではなく、お買い物にウォーキングを活用すれば、荷物の重量負荷により、両腕の筋力強化も含め、更なる効果が期待できます。
勾配を利用して下半身強化、荷物を利用して上半身強化のフィットネス効果。
以上、速度・負荷・歩数の3点に留意し、時には、ウォーキングを散歩からエクササイズに昇華させてみませんか?
4.2 世界を圧巻Japanese Walking
欧米諸国では、効果的なウォーキング方法として、ジャパニーズ・ウォーキングが推奨されています。
果たして、ジャパニーズ・ウォーキングとは、何を示しているのでしょうか。
それは、いわゆる、速度の強弱を交互に繰り返しながら歩く、インターバルウォーキングです。具体的には、30分の間に、3分刻みで、早歩きと普通歩行を繰り返すウォーキングメソッド。
運動効果を高めるためには、歩数と共に速度も重要であることを端的に表す、世界に数あるウォーキングメソッドの中でも圧巻の存在であるジャパニーズ・ウォーキング。古くて新しい殿堂入りのトレンドです。
5. まとめ
ウォーキング歩数10,000歩は、科学的にも健康に対するベネフィットが大きい値であることが明らかとなりました。
一方で、所要時間や距離を想像した際、予防行動を取りたい気持ちとは裏腹に、モチベーションが低下してしまう要因ともなります。
よって、万人にとって効果的なウォーキング歩数の目標値は、7,000歩程度であると提唱されました。
目下、運動習慣が全く無く、7,000歩も現実的では無い場合、7,000歩を2分割して実施することでも運動の効果として、健康維持に役立てることは十分に可能です。
また、ウォーキングは万人にとっての予防万能薬ではありますが、心地よく楽しく取り組むことができる他のエクササイズから開始すること、または、組み合わせることも自由です。
先ずは、エクササイズによって、心身で捉える感覚が心地よく、爽快感と共に思考や生活習慣がポジティブに変化することを体感することから始めてみてはいかがでしょうか。
【参考URL】
「Daily steps and health outcomes in adults: a systematic review and dose-response meta-analysis」
Lancet Public Health 2025; 10:e668–81
Published Online July 23, 2025
https://doi.org/10.1016/S2468-2667(25)00164-1
「5 surprising benefits of walking」
Harvard Health Publishing
December 7, 2023
https://www.health.harvard.edu/staying-healthy/5-surprising-benefits-of-walking
「What Experts Think About the Japanese Walking Trend」
TIME
https://time.com/7305175/japanese-walking-trend/