例年6月は、梅雨の入りとなり、春から夏用の衣服に衣替えを済ませた後、薄曇りの肌寒い日が続き、再び春用の装いを取り入れるなど、初夏の爽快さから、盛夏を思わせる蒸し暑さが入り混じる移行期でした。
一転して、本年は、梅雨の入りも明けも明確でないまま、6月中には連日の真夏日を記録。気象庁の発表によると、統計を開始した1898年以降の6月平均気温は2025年で最も高く、最高気温が35℃以上の猛暑日も10市で複数日観測されています。
高温多湿下では、食欲は抑制され、食思不振から倦怠感へ繋がる夏バテ症状や熱中症初期症状も呈しやすくなります。
また、同環境下では、腸炎ビブリオ・カンピロバクター・サルモネラ等の細菌が繁殖しやすくなり、食中毒を患う可能性も増加します。
夏季に発生しやすいこれらの悪循環をスマートに解決する術を、私たちの先人は伝統食として残して下さいました。古き良き伝統文化が、実は、時代の、そして、世界の先端を走っていることにお気づきでしょうか。
ゼロウェイストで、環境にも私たちの健康にも効果をもたらす、梅酢について見ていきましょう。
目次
1. ウメの概要
1.1 ウメの基礎知識
1.2 日本人と梅
2. 梅酢がもたらす効果
2.1 ウメの機能成分
2.2 梅酢の効用
3. 夏季の食事とウメ予防策
3.1 食中毒
3.2 食欲不振と倦怠感
4. お手軽!梅酢レシピ
4.1 梅ジュース
4.2 麺類×梅酢
4.3 白米×梅酢
4.4 野菜×梅酢
4.5 豆類×梅酢
5. まとめ
1. ウメの概要
「ウメ」と言えば、梅の花と共に、梅干し・のし梅・小梅ちゃん・カリカリ梅と数々の加工食品(嗜好品)が瞬時に思い浮かぶほど私たちの生活に密着した植物であり食材です。
ウメと日本人の関りは長く、桜と共に、日本の風景には欠かせない存在でもあります。
まずは、梅酢の原料となるウメについて、概要を見ていきましょう。
1.1 ウメの基礎知識
ウメは植物学上、バラ科アンズ属に分類され、学名はPrunus mume. Sieb. et Zucc.。
日本に於けるウメの起源は弥生時代頃に遡ると言われ、中国から初めて日本に渡来したのは白梅、次いで、紅梅が平安時代以降に渡来したと言われています。奈良時代までは、「梅」と言えば「白」であったのです。
1.2 日本人と梅
古くから、梅は桜と共に日本人から愛され、その情景と芳香は、日本最古の和歌集である万葉集に於いて120首以上も詠まれ、萩に次いで、季語として多くの歌に引用された植物であると言われています。
万葉集では、桜を詠んだ和歌の3倍も多く詠まれていた梅。
殊に、その愛らしい形態や芳しい薫香から、待ち焦がれる想いや、慕っても叶わぬ想いなど、淡い恋心と重ねて詠まれることが多い花であり、奈良時代から平安時代に至る700年代前後に、貴族を始めとする知識人から憧れの念を持って愛された花とも言われています。
聖武天皇も梅を愛でる機会を逃した寂寥感から、当時の歌人を招聘し、梅の木を主題とした歌を詠むよう命じられたという記録も残っています。
他方、今では日本を代表する国花的な存在である桜。
お花見と言えば、言わずもがな、満開を迎えた桜の木の下に集い会食を行う行事と認識されていますが、明治初期頃のお花見は、梅の花を愛でながら宴を行うことが多かったと言われています。
桜の木の下で行うことが一般的になったのは、近代国家が樹立された後の明治初期以降であり、日本の歴史上、比較的新しい伝統文化と言えるのではないでしょうか。
2. 梅酢がもたらす効果
「ウメ」と聞いて真っ先に頭に浮かんでくるのは、梅干しではないでしょうか。そして瞬時に、口中に広がる唾液を感じるのではないでしょうか。「レモン」を思い浮かべた時に、同様の感覚を覚えるかもしれません。
この反応は、過去に酸味の強い食品を食べた際の体験から、条件反射的に唾液が分泌され、酸性に傾く口中をアルカリ性へ均衡を保ち、歯のエナメル質が強い酸によって溶解されることを防ぐなど、生体防御の役割を担っているからです。
無味である梅に塩を加えることによって酸味食品に変わる過程と、その効用について見ていきましょう。
2.1 ウメの機能成分
ウメの果実に含まれる特徴的な成分は、リンゴ酸やクエン酸などの有機酸であり、全総量の4-6%を占めると言われてり、成熟過程に伴いクエン酸の割合は増大します。
有機酸の他に、ベンゼン環に水酸基が結合した化合物であるフェノール類も含まれています。
クエン酸を中心とした有機酸とフェノール類によって、ウメは強い殺菌・抗菌作用、更には、ウィルスを不活化する作用も有しています。
腸内細菌叢に於いては、悪影響も齎す細菌に対しては抗菌作用を示し、有益な細菌には増殖を助長する選択的作用が報告されています。
ウメには、脱水症状により失われ易いカリウムも含まれており、食塩や砂糖を加えることで保存性が高まり一年中効果が期待できる食材ですはありますが、特段、夏季の諸症状には重宝され、大いに活用したいものです。
2.2 梅酢の効用
梅酢を梅干しの製造過程で発生する副産物であると考えることは、宝の持ち腐れとなり、好機を逃すことに繋がります。
ウメの果実にそもそも備わっている機能成分に対し、食塩を加えることで、作用は増強されます。赤しそも追加されるため、ポリフェノールによる抗酸化作用や殺菌作用も更にパワーアップします。
従って、ウメの実を食塩と共に漬け込んで、1週間程経過すると滲出してくる液体の「梅酢」にも、その作用成分が含まれています。
ウィルス不活化作用に関しては、殊に、呼吸器系ウィルス感染症への有効性が高いため、うがい薬としての応用が検討されています。
また、固形の梅干しは、その酸味と鹹味から、食する機会も量も限定的ですが、液状である梅酢は、他の食品と合わせ易く、献立のレパートリーを増やすことにも役立つと共に、食塩そのものの消費も減少するため、コストパフォーマンスも非常に高い調味料と言えるでしょう。
3. 夏季の食事とウメ予防策
初夏から入梅にかけて実り、店頭にも並び始めるウメの実。ウメは、梅雨の入りから明け頃に多く発生する諸症状に対し予防的に著効します。
夏季に発生する食にまつわる不定愁訴や細菌性食中毒について見ていきましょう。
3.1 食中毒
夏季の高温多湿下は、細菌が最も増殖しやすい環境であり、細菌による食中毒に対する予防対策が必要です。予防対策は、手指の手洗い、食品の保管、加熱の程度、調理器具の洗浄の遵守が基本。
ウメに含まれるカテキン酸やピクリン酸は強い殺菌作用を有しているため、食品の腐敗を防ぎます。梅干しは、年中重宝しますが、特段、日本の夏には欠かせない食材です。
3.2 食欲不振と倦怠感
高温多湿な環境下では、熱帯夜などによる睡眠不足、冷涼感のある食品を好んで食す傾向、不快指数が増すなど、消化器官と自律神経系に対し負担をかける機会は他の季節と比較して増大します。
消化器官は自律神経系と密接な関係性を有しており、交互作用によって、食欲不振から倦怠感、更に倦怠感から食欲不振と悪循環による夏バテ症状を呈することもしばしば。
夏バテ症状を回避するためにも、初めの一歩を踏み出すための夏季の伝統的エナジードリンクである梅ジュースなど手軽に摂り易いレシピを次章で見ていきましょう。
4. お手軽!梅酢レシピ
食欲もなく倦怠感を伴い、料理を作る気力が起きない時でも、必要な栄養成分を体内に取り込まなければ、更に症状が悪化し、長引くといった悪循環に見舞われます。
気力ゼロでも簡単に作ることができ、飲食可能な梅酢を活用したレシピを5つご紹介します。
4.1 梅ジュース
グラスに甜菜糖を小さじ1杯強を投入し、お湯小さじ1/2杯を注ぎ、混ぜながら溶かします。そこに小さじ1杯程度の梅酢を加え、更に混ぜ合わせます。最後にミネラルウォーター等水を180cc程度投入し、混ぜ合わせれば出来上がりです。
糖類は、きび糖など他の物で代用しても構いませんが、てんさい糖は、脱水傾向で失われやすいカリウムを他の野菜と比較して2倍以上も豊富に含み、その他のミネラル成分も多く含まれているため、発汗量の多い夏季や運動後の利用に最適です。
なお、梅ジュースには、塩分も糖分も豊富に含まれ、また、体内に吸収されやすいため、多飲常飲を避け、夏季または運動後の発汗量が多い時に、1杯から2杯を目安としてお召し上がり下さい。
また、甜菜糖には、腸内細菌叢の有益菌を育てるプレバイオティクスであるオリゴ糖も多く含んでいるため、総合的な夏バテ症状の回避が期待できます。
4.2 麺類×梅酢
麺自体に風味が少ないうどんや素麺、または、パスタを用いることで、和洋のアレンジが容易に可能です。うどんで和風にアレンジするほうが、食材の準備も片付けの手間もより削減できます。
うどんや素麺では、茹で上がり次第流水にさらし、冷却した麺にお好みに合わせて梅酢を適量添加し混ぜ合わせます。必要に応じて、薬味として刻んだ青じそやしし唐辛子、白ゴマ等を追加して下さい。あおさ粉(青海苔)や一味唐辛子を追加することで、更に風味が増します。また、スライスしたレッドオニオンも添えると栄養価も高まる上に、食感も色彩も楽しむことができ、サラダ感覚でご賞味頂けます。
パスタでは、ニンニク、鷹の爪を用いてペペロンチーノ風にアレンジし、加熱終了直前にお好みに合わせて、梅酢を適量添加します。刻んだ青じそやオクラを追加することで風味も栄養価も増します。冷製パスタで梅酢を和える手法でも良いでしょう。
4.3 白米×梅酢
炊き立てのご飯に、酢飯を作る要領で梅酢を用いることが可能です。白ゴマや青のり、青じそやゆかりを載せて頂くこともできますし、おにぎりにして保存することも可能です。
4.4 野菜×梅酢
梅酢を用いたドレッシングを作ります。至って簡単。梅酢とオリーブオイルを混ぜ合わせるだけです。お好みで胡椒を追加して下さい。
また、お好みのハーブを追加することで風味が増します。夏季のお勧めは、ドライミントです。お好みの野菜サラダにかけてお召し上がりください。なお、ドライバジルやタイムなどを用いて、カルパッチョソースとしてもご利用頂けます。
梅酢に含まれるクエン酸は、カルシウム等のミネラル成分の吸収を助ける働きも有しているため、豆腐を加え和風にアレンジすることで、ボリューム感も増し、栄養価も高まります。この要領で、冷奴に用いる醬油の代用としても良いでしょう。
複数人分を用意する場合や大量に野菜を食したい場合は、ボウルに水洗後に水切りをしたお好みの野菜を入れ、オリーブオイル等を追加し混ぜ合わせ、その後、梅酢を添加し更に混ぜ合わせる方がより簡潔に仕上げります。
4.5 豆類×梅酢
豆類の中でもレンズ豆を用いることで、費用と茹で上がり時間を節約することが可能です。
みじん切りにした玉葱に少量の食塩を加えます。玉葱のシャキシャキした食感を残したい場合は、食塩の添加は不要です。ここで、消化を助け、豆類によって齎される腹部膨満感を回避する駆風作用も兼ね、ドライミントを追加します。レッドオニオンを用いることで彩りが更に豊かになります。
そこへ、茹で上がって粗熱の冷めたレンズ豆を投入し、オリーブオイル等を追加し混ぜ合わせます。梅酢を加え更に混ぜ合わせれば出来上がりです。
仕事帰りのパパや、子どもでも簡単に作れますので、ママの体調次第で、交代してもらいましょう。
5. まとめ
1990年以降、体感だけではなく、観測記録によっても、明らかに気温が上昇している傾向が確認できます。
四季折々に繰り広げられる自然の美しさに魅了され、また、時に天災をもたらす、測り知れない自然のエネルギーに畏敬の念を抱き、自然からの恩恵に祈りを捧げてきた先人たち。
豊かな自然環境は、伝統文化の基盤として、独創的な感性を私たち日本人にもたらしてくれました。
一方、失われつつある、伝統的な食文化と自然への感謝と畏敬の念。これにより、次世代を担う若者たちは、四季折々の変化がもたらす美しさを体感することなく、この世に生を受け、没していくこととなります。
弥生時代から継承されてきた稲作文化と米食。稲作文化と共に育まれてきた和の食材と暮らしの知恵が、僅か数百年程度の科学技術によって消滅させられつつある現在。
科学技術によって、人間が暮らす空間は大いに便利になり、幾分快適さをもたらしてくれました。しかし、それらを得ることによって、手放す対価は大き過ぎて、到底見合うものとは考え難いのです。
先人たちの知恵と発想の豊かさを伝統食を介して感じながら、スマートに健康管理も行えれば幸いです。
【参考文献】
「ポリフェノールの機能と多角的応用」
田中隆 監修 シーエムシー出版
「いにしえの香り -古典にみる「にほひ」の世界」
樋口百合子 著 淡交社