公正な商取引、かつ、人々の健康増進に寄与し、環境に配慮した包括的気候変動対策のロードマップであり、環境保全を主眼とし、2019年12月11日に発表された欧州連合 (EU)の 経済成長モデル「欧州グリーンディール(The European Green Deal)」。
欧州グリーンディールは、
1) 2050年までに世界初の気候中立国となる
2) 温室効果ガスを1990年レベルと比較し少なくとも55%削減する
3) 2030年までに欧州連合域内で30億本植樹する
上記3項目を基本骨子とし、具体的で明確な施策展開を行っています。
3つの骨子の中でも、その他のマニフェストも包含し、実効力を及ぼす「30億本の植樹計画」。
EU欧州域内という広大で誇大な植樹計画のようにも聞こえますが、EU市民へも「緑地化の3-30-300ルール」という身近で分かりやすい表現を用いてプロパガンダを打ち出しています。
3-30-300とは一体何を示す数値なのでしょうか?
EU全体として植樹を推進する背景にはどのような問題が潜んでいるのでしょうか?
緑地化によってどのような効果がもたらされるのでしょうか?
熱中症を誘引する環境要因と交えながら、植樹が健康と環境に与える影響について見ていきましょう。
目次
1. 3-30-300ルールとは?
1.1 概要
1.2 期待される3-30-300効果
2. EUが推進する緑地化計画
2.1 概要
2.2 植樹計画進捗状況
3. ヒートアイランド現象
4. 熱中症と輻射熱の関係
5. まとめ
1. 3-30-300ルールとは?
2021年に欧州圏域に於ける都市の緑地化計画の指標として掲げられた3-30-300ルール。
皆さんのお住いの地域やオフィス周辺環境として、いくつ当てはまるでしょうか?
以下の「概要」で確認してみましょう。
1.1 概要
3-30-300は各々、優良な居住周辺環境の指標となる樹木数または緑地スペースの目安値を示しています。
早速、各々の数値が何を示しているのか、具体的に見ていきましょう。
1) 自宅から少なくとも3本以上の成木を臨む景観
2) 各地域(町内会レベル)に於ける樹冠被覆率は30%
3) 居住地から300m圏内に優良な緑地スペース
現在の住環境を3-30-300ルールに当てはめてみた際、結果はいかがでしたでしょうか。
1.2 期待される3-30-300効果
樹木は、夏季には冷却効果をもたらし、CO2削減や大気汚染を改善し、水循環を円滑にすることにEUは着目しています。
3-30-300が各々示す具体的な効果は以下の通りです。
1) 3本の成木
緑色がもたらす視覚的効果により、メンタルヘルスやウェルビーイングに寄与する。
2) 30%の樹冠被覆率
夏季や都市部のヒートアイランド対策、局所的な大気条件の改善、メンタル及びフィジカルヘルスの健全化に寄与する。
3) 300m圏内に高品質な緑地公園
レクレーション、ウェルビーイングに寄与する。
EUでは、3-30-300緑地化によって、健康と環境のヘルスプロモーション・ウェルビーイング・レジリエンスに最適な効果がもたらされると考え、3-30-300ルールに基づいた都市計画が進められています。
2. EUが推進する緑地化計画
EU生物多様性戦略の一環として推進している植樹計画。その概要と計画の進捗状況について見ていきましょう。
2.1 概要
欧州グリーンディールの一環として産声を上げた「30億本の植樹計画」。
この植樹計画は、昨今、急進的変化の様相を呈している気候変動を背景とし、EU域内の森林占有割合及び品質向上と保全・修復・耐性を強化するために設けられました。
植樹の重要性と必要性について、以下8つの理由を挙げています。
1) CO2の削減による気候変動及びヒートアイランド現象を抑止する。
2) 有害物質を除去し、酸素を生成し、浄水作用と騒音を抑制する。
3) 豊かな生物多様性を育む。
4) 洪水と旱魃を予防する。
5) 環境保全及び破壊された自然を修復する。
6) 美しい景観を創出し、人々の交流と学習の場となる。
7) 土壌及び水質改良に捻出する費用削減の一助となる。
8) 風雨の影響から土壌及び農作物を守り、農作業を効率化する。
さすが、研ぎ澄まされたEU論法。植樹の重要性と必要性がひしひしと伝わってくる明確な理由の提示の仕方です。
2.2 植樹計画進捗状況
EUの植樹計画が明確なのは「理由」だけに留まりません。
「2030年までにEU域内で30億本を植樹する」という目標に対し、現在、何本植樹を行ったのかをカウントし開示する専門サイトを設置しているのです。
専門サイトの名称は「The MapMyTree platform(ザ・マップマイツリー・プラットフォーム)」。
植樹計画は、プラットフォームに参加登録をした団体や個人によって実施報告される、官民一体型の取り組み。
プラットフォームに掲示された植樹本数によると、2025年8月1日現在、33,638,293本が欧州全域で植樹され、EU圏域の森林占有率は凡そ40%となっています。
3. ヒートアイランド現象
ヒートアイランドとは、都市中心部の気温が郊外と比較し高温となる現象であり、高温地帯である都市部が島状に分布している気温分布図上の様相から「熱の島=ヒートアイランド」と呼ばれています。
都市部に乱立するビル群、舗装された道路に利用されているコンクリートやアスファルトなど建築・土木用の人工資材は、自然由来の草地や森林等と比較し、熱の蓄積が多く、暖まりにくく冷め難いという特性を持っています。
また、都市部では、ビル群の建設や舗装工事に伴う伐採によって樹木数も減少しており、かつ、高層ビルや近接した建造物によって風通しも悪くなるなど、熱が大気中に放散され難く、地表に熱が蓄積する悪循環が生じており、ヒートアイランド現象発生要因の一角を成していると考えられています。
4. 熱中症と輻射熱の関係
熱中症警戒アラートでお馴染みとなったWBGT(暑さ指数)。
WBGT(湿球黒球温度)はWet Bulb Globe Temperatureの略称であり、熱中症を予防することを目的とし、米国で開発された指標です。
熱中症は、気温の上昇だけではなく、気温の上昇に伴い、人体や建造物などから熱の放散が妨げられることよって発症するため、気温の他、熱放散を妨げる環境要因である湿度、蓄熱量を高める日射・輻射熱を勘案した指標が用いられています。
日射・輻射熱とは、コンクリートで出来た建造物への日射による反射やアスファルトへの熱蓄積によって生じる熱であり、ヒートアイランドの要因であると同時に熱中症発症の要因ともなっています。
私たちの生活の質に直ちに影響を与えるヒートアイランド現象及び熱中症発症対策としても、欧州の植樹計画は非常に理にかなっていると言えるのではないでしょうか。
5. まとめ
欧州グリーンディールは、達成時期も数値目標も明確であり、かつ、官民一体となった施策展開で推進力が高く、現代社会が抱えている課題解決への突破口として、一筋の明光が差し込むような心持ちにさせてくれます。
他方、自然とひとの共生に関して、日本は長い歴史を有しており、自然素材の活かし方、自然を見る眼差しは、世界でも類まれな日本の御家芸とも言える分野であり、本来、世界をリードし得るとポジションを有していると考えても差し支えはないのではないでしょうか。
それを世界に表明した第一歩が、COP10名古屋開催時のSATOYAMAイニシアティブ。
植樹の重要性と必要性についてEUは明晰に表現していますが、内容は、日本の先人たちが実践してきた事柄。
欧米諸国では、自己の思考展開や他者への明確な説明を行うための論述方法に関する教育が整備されており、建設的に議論を交わし、結論を導き出す手法に長けています。
一方で、現代の日本人は、自国文化の優れた点を見失い、欧米、殊に米国の“見栄え”に引けを感じているかのように、“欧米的なカッコ良さ”を表面的に模倣する姿勢に徹している様相が否めません。
自然との関わりに対する各国の特長を学び合いながら、私たちの健康や居住空間の基盤となる地球環境の危機的状況を回避し、次世代へ繋ぐことができることを願いつつ、個人・家族・地域・組織単位で各々寄与できる根本的な仕組みの再構築が今求められているのではないでしょうか。
【参考URL】
European Platform Urban Greening
https://platformurbangreening.eu/
Forest Information System for Europe
https://forest.eea.europa.eu/
European Environment Agency
https://www.eea.europa.eu/en
European Commission
https://commission.europa.eu/
国土交通省・気象庁
https://www.jma.go.jp/jma/