すれ違う人の波。その半数ほどの耳元にはイヤホン。
道路を絶え間なく行きかう自動車や二輪自動車。
金曜日の夜、そして、休日。日頃のストレスをライブで発散。
就寝時間、そして、早朝。屋外では車やバイクの走行音は鳴り止まない。
騒音を騒音でかき消す、わたしたちの日常。
もはや「静寂なひと時」は存在しないのでしょうか。
「疲れが取れない」「頭痛がする」「めまいがする」「会話が聞き取りにくい」
今、あなたやお子さんの身に起きている不定愁訴。実は、騒音や騒音によるストレスが原因で起きている症状かもしれません。
子どもの成長や発達にも影響を与える騒音。何とも悩ましい事態。
さて、ここで問題となっている「健康を脅かす騒音」とは一体どのくらいのレベルを指すのでしょうか?
感覚的に捉える「騒音」の見解は各々違っていても、科学的に検証された「騒音」の定義があります。
WHOやドイツ環境当局と欧州委員会が中心となって作成した騒音に関するガイドラインや日本の騒音規制を確認しながら、騒音が健康に与える影響について見ていきましょう。
目次
1. 騒音が健康に与える影響
2. 耳の構造と聴覚検査
2.1 耳の構造
2.2 聴力検査
2.3 難聴の種類
3. WHOおよび欧州委員会による推奨
3.1 概要
3.2 推奨値
3.2.1 道路交通騒音
3.2.2 鉄道騒音
3.2.3 航空機騒音
3.2.4 風力発電機騒音
3.2.5 娯楽騒音
4. 日本・騒音に関わる環境基準
4.1 概要
4.2 基準値
4.2.1 療養施設などを擁する地域
4.2.2 住宅地
4.2.3 住宅地と商業・工業地が併存する地域
5. まとめ
1. 騒音が健康に与える影響
不快な感情を想起させる騒音。
特に、睡眠中の騒音は、通常の睡眠サイクルに悪影響を及ぼし、睡眠の質を低下させ、延いては、心身の健康状態を知らず知らずのうちに蝕むもの。
睡眠障害の他にも、メンタル不調、難聴を始めとした聴覚障害、血圧や心拍数の上昇、胎児への影響など、その余波は私たちの身体を不可避に包囲。
車内やライブ会場に鳴り響く大音響。本人にとっては、陶酔感や一体感を感じることができる心地よい空間。
一方で、その音量次第では、本人や周囲のひとの健康を損ねてしまう恐れがある騒音環境。
このような予期せぬ悲劇的な事態を避けるために、音の物理的強さを音圧単位dB(デシベル)を用いて表し、具体的な「騒音」の基準値を環境基本法や騒音規制上で定め、対策を促しています。
2. 耳の構造と聴覚検査
2.1 耳の構造
耳は左右に、耳の形状を成す耳介と聴覚機能を司る外耳・中耳・内耳の3つの構造から形成されています。
音は、空気の振動で波状に伝播する音波によって私たちの耳に刺激を与え、最終的に、大脳側頭葉にある聴覚中枢に伝えられ、情報としてキャッチされます。
2.2 聴力検査
聴覚機能が正常に働いているか、難聴の傾向は潜んでいないかを判定する検査を聴力検査と言います。
ヘッドフォンをつけて小さなビップ音を聞き分ける、オージオメータと言う測定器を用いたスクリーニング検査は、学校や通常の健康診断でも実施されており、皆さんにとっても馴染みの深い検査の1つではないでしょうか。
一般的な聴力検査では、日常会話に必要な1,000Hz(ヘルツ)と4,000Hzの周波数域の聴力を測定します。
2.3 難聴の種類
難聴は、障害の発生部位によって、その病態が分類されています。
耳垢が発生する外耳や中耳炎でお馴染みの中耳という部位に障害が発生して聴力が低下している難聴を伝音性難聴、聴覚と平衡感覚機能を司る内耳に障害を有している難聴を感音性難聴と呼びます。
難聴の原因は、器質的な障害が発生している場合だけではなく、加齢によってももたらされます。加齢性の場合、4,000Hzの高音域から聴力の低下は始まります。
加齢性難聴と騒音性難聴は共に慢性感音性難聴と呼ばれ、改善の見込みは極めて低いため、予防や進行を緩やかにする取り組みが重要です。
3. WHOおよび欧州委員会による推奨
3.1 概要
騒音は、人々の健康やウェルビーイングにネガティブな影響をもたらすものであり、優先的に取り組むべき課題であるという趣旨から、長きに亘る議論を経て、1999年にWHO欧州地域グループによる地域騒音対策ガイドラインが上梓、2009年には夜間騒音対策ガイドラインの策定、2018年に主な騒音発生源に対する明確な推奨値が提起され、2022年には欧州環境当局も策定委員会に参画し、追加事項など改定や2030年に向けた提言が示されました。
3.2 推奨値
自動車や電車などによる走行音、航空機の飛行音、風力発電機の稼働音、ライブなど大音量による娯楽音を5大騒音発生源として取り上げ、昼間と夜間に区分し、健康障害を予防するための推奨値が設定されています。
3.2.1 道路交通騒音
昼間 53 dB以下
夜間 45 dB以下
3.2.2 鉄道騒音
昼間 54 dB以下
夜間 44 dB以下
3.2.3 航空機騒音
昼間 45 dB以下
夜間 40 dB以下
3.2.4 風力発電機騒音
昼間 45 dB以下
※夜間に関する推奨値は未検証
3.2.5 娯楽騒音
ライブ会場およびヘッドフォン使用
70 dB以下
目安として、図書館内の騒音レベルは約40 dB、バスの車内や繁華街での騒音レベルは凡そ70 dB、ガード下およびゲームセンターでは凡そ80 dBと言われています。
4. 日本・騒音に関わる環境基準
4.1 概要
1993年(平成5年)に制定された環境基本法第16条第1項の規定に基づく、「騒音に関わる環境基準」は、生活環境を保全し人の健康の保護することを目的として、1998年(平成10年)に発効されました。
本年5月に環境省から発表された第六次環境基本計画に於いても、騒音対策として、基準値の見直しと共に、交通網の設計や車両の低音化、住宅の防音設備など取り組み課題が示されました。
4.2 基準値
時間の区分は、午前6時から午後10時までを昼間、午後10時から翌朝の午前6時までを夜間とし、最も静粛な環境が望まれる療養施設などを集合的に擁する地域、住宅地および住宅地が主である地域、住宅地と商業・工業地が併存する地域の3分類で騒音に関わる推奨値が設定されています。
4.2.1 療養施設などを擁する地域
昼間 50 dB以下
夜間 40 dB以下
4.2.2 住宅地
昼間 55 dB以下
夜間 45 dB以下
4.2.3 住宅地と商業・工業地が併存する地域
昼間 60 dB以下
夜間 50 dB以下
目安として、寺社の境内の騒音レベルは凡そ55~60弱dBと言われています。
5. まとめ
騒音は、日常的にちょっとしたストレス感と不快感をもたらすだけではなく、難聴や睡眠の質の低下、延いてはQOLも低下させてしまう原因ともなります。
私たちの健康を主軸に考えてみると、主な騒音の発生源となるエンジンや車両には排気量の低減やエネルギー置換などによる次世代の静音設計技術が求められており、一方、余暇など個人的な活動には、機械的な大音量で一時的かつ急速にストレスを発散するよりも、小鳥のさえずりや葉擦れの音、さざ波や雨垂れの音など、時には、自然の中に身を置き、身体の仕組みに適ったストレス解消方法を取り入れることが、よりポジティブかつサスティナブルな恩恵を心身ともに享受できるという可能性が示されているのではないでしょうか。
【参考資料】
「ENVIRONMENTAL NOISE GUIDELINES
for the European Region」
World Health Organization
Regional office for Europe
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