四方を海で囲まれ、新鮮な魚介類や海藻類など、豊かな海産物に恵まれ、寿司・刺身・海苔・出汁といった和食を代表する一品や食材を数々生み出し、世界を魅了してきた日本。
自然との調和を繊細に織り成すことで、日本家屋や木工品、和歌や芸道、和食や漆器、着物と薫物など、麗しい和の文化を形成し、19世紀末から20世紀初頭には、世界の偉大な芸術家たちに「ジャポニズム」として大きな影響を与えてきた日本文化。
昨今では、世界的な抹茶ブームの到来により、欧米諸国のコーヒーショップでは、若者を中心とした、抹茶支持派の拡大に伴うコーヒー消費量の低下を憂い、戦々恐々としている様子が報道されています。
一方で、お弁当に付属している調味料容器として有名な、魚形など小型で愛らしい形状を有した日本発のプラスチック製醬油差しは、急進的な気候変動への世界的なアクションを背景に、今、世界から締め出されようとしています。
環境問題に無頓着でいることが、中長期的には、私たちの健康も経済にも損害を与え、退化する可能性が示唆されるオーストラリア発のプラスチック製品に対する規制。
問題の中核となる使い捨て文化、プラスチック製品による海洋汚染の実態について、詳しく見ていきましょう。
目次
1. 【続報】INC会議
1.1 INC5.2とは?
1.2 INC5.2から未来へ
2. プラスチックと海洋汚染
2.1海洋汚染問題
2.2 健康に与える影響
3. 環境汚染と経済損失
3.1 豪で規制される醬油差し
3.2 世界の動向
4. 海洋環境保全活動
4.1 UNEP国連環境計画
4.2 森は海の恋人
5. まとめ
1. 【続報】INC会議
2025年8月5日から同月15日にかけて、国際機関が点在するスイスの都市ジュネーブでINC5.2は開催されました。
先ずは、INC開催の経緯とINC5.2の概要、そして、未来への提言について確認してみましょう。
1.1 INC5.2とは?
INCはIntergovernmental Negotiating Committeeの略称であり、政府間交渉委員会と訳されています。
2022年3月の第5回国連環境総会再開セッションで「プラスチック汚染の排除」を目的とし、各国間代表者による討議を経て、法的拘束力を擁する国際プラスチック条約策定を目標とし設置された各国間交渉のための委員会。
2022年11月以降、2024年の年末までに、計5回に亘るINCが開催されました。
2022年の採択時には、2024年までに条約策定を終了することが目標として掲げられ、前回、2024年11月25日から翌月12月1日の期間に、大韓民国の釜山において開催されたINC5.1では、白熱した政府間の交渉が展開されました。
一方、利害関係が大きい、プラスチック製品等の条項案に関して、各国間で意見の総意に帰着するには及ばず、先日ジュネーブで開催されたINC5.2まで結論が見送られることとなりました。
1.2 INC5.2から未来へ
生産から使用、廃棄に至るまで、プラスチック製品のライフサイクルを包括的に規制し、プラスチックによる環境と健康に対する汚染を根絶することを目的とした条約策定に際して、現行のプラスチック製造・廃棄過程に携わり収益を得ている産業界等から理解を得ることは至難の業。
INC5.2に於いても、合意に至らずに閉会を迎えました。
他方、INC5.1を経て、世界から参集した1,400名もの政府代表団及び、少なくとも見積もっても400以上の団体から構成された1,000名に達する規模に膨らんだオブザーバー参加者数。
INC5.2への参加者総数は、世界の関心の的が「プラスチック汚染」に集中していることの反映であり、世界の消費者に対し、その問題の大きさと解決策を見出すことの大切さを如実に表わす結果となったのも事実です。
2. プラスチックと海洋汚染
便利で安価である一方で、陸・海・空、そして、人間を含む生物の健康を汚染するプラスチック製品。
今回は、海洋汚染を中心に、プラスチック製品が自然環境と私たちの健康に与える影響について見ていきましょう。
2.1海洋汚染問題
SDGs目標14に掲げられている「海の豊かさを守ろう」。
目標14-1として、「2025年までに、プラスチック製品などの海洋ごみや、プランクトンなどの生物にとって栄養成分となるリンや窒素過剰によって水質が富栄養化し発生する赤潮など、人間の諸活動に伴う、あらゆる海洋汚染を防ぎ、大きく削減する」ことが解決すべき問題の具体策としても明文化されている通り、乱獲を防ぐ漁獲高の制限等と共に、プラスチック製品の海洋への流出は、SDGs施策の主軸となっています。
コロンブスが世界への航路を見出したように、丸い地球を取り囲み、一つながりである海洋では、浜辺に廃棄された、或いは、風に舞って流入したプラスチック製品は、波に乗り、出発点から遠く離れた土地で暮らす人々や生態系にも負の影響を与えています。
回収などに資金投入が困難な国々に於いては、より一層深刻な問題となっています。
罪悪感もなく、気軽にポイ捨てをしている一人一人の無自覚の行為が、他国の人々の生命や生態系を破壊し、生活を圧迫しているのかもしれません。
2.2 健康に与える影響
プラスチックは、紫外線や物理的衝撃により劣化し、破砕され、微細化し、粒径が1μmから5mmのマイクロプラスチック、または、更に小さい粒径1nmから1μmナノプラスチックが生成されることによって、海洋や土壌に侵出し、魚類などの海洋生物や陸上生物である動物や私たち人間の体内にも容易に侵入しやすい形体に変化します。
プラスチックの劣化によりマイクロ・ナノプラスチックが生成されることによって、プラスチック製品に付加された添加剤も流出し、環境や動植物など生態系を汚染している実態も明らかになってきました。
食物連鎖の最上位に君臨する人間にとって、生態ピラミッドの理論で考えれば、魚介類や肉類、農産物を食する私たちの体内では、生物濃縮現象が起きているのであり、高濃度にマイクロ・ナノプラスチックを摂取していることになります。
また、これらの化学物質は、PFASの法則により、永続的に蓄積し易く分解し難い特性を持っています。
よって、これから将来に亘って、世代を超えて受け継がれ、更に濃縮されていくことが示唆され、懸念されています。
人間の身体への侵入経路は、食物の摂取や呼吸、咳嗽などによって取り込まれる経口と経鼻。口腔と鼻腔を通して取り込まれたマイクロ・ナノプラスチックは、血液循環に乗って、全身を隈なく巡り、細胞レベルで毒性物質を供与し、健康を障害。
毒性学の研究結果によると、長期間に亘るマイクロプラスチックの摂取は、腎臓と肝臓の炎症反応を惹起し、代謝にも影響を及ぼすことが判明しています。また、リンパ節にも転移し、発がん性をもたらすと考えられています。
3. 環境汚染と経済損失
環境と健康への影響が懸念されているプラスチック製品から流出するマイクロ・ナノプラスチックと添加剤。
今回のINC5.2で、条約策定の合意へと帰着に至らなかった背景には、産業界、いわゆる、経済を最優先にした現行の政治経済体制が影響を及ぼしています。
他方、世界では、消費者の安全を検討し、プラスチック製品の製造・使用規制が各国や州レベルで独自に展開する動きが加速し始めています。
私たちの生活にも馴染み深い、プラスチック製の小型醬油差しを巡り、オーストラリアで2025年9月1日から規制が施行された事例を一例とし、プラスチック製品の取り扱い規制に対する世界の動向を見てみましょう。
3.1 豪で規制される醬油差し
アジア系のレストランやテイクアウト食品に付属する魚形など小型のプラスチック製品の使用・販売に関して、2025年9月1日より、アデレードの州都を擁する南オーストラリア州で禁止される運びとなりました。
規制の対象となった最大要因として、小型の醤油差しに代表されるプラスチック容器は、使い捨てであることを挙げています。
また、これらの製品は、リサイクル可能なポリエチレンを使用している一方で、小型故に、実際には、リサイクルの工程を経ることが困難であることも使用禁止に至った理由として挙げられています。
同州では、日本と同様に、プラスチック製のレジ袋やストロー・マドラー等に対する規制の動きも2023年より加速しています。
これらの取組は、プラスチック汚染と温室効果ガス排出量の削減の一環として行われています。
世界的な寿司人気も考慮し、リサイクル可能で環境に配慮した小型の醤油差しの開発、または、転換が必要となってくるのではないでしょうか。
3.2 世界の動向
2020年に開始された日本に於けるレジ袋有料化と同様に、世界では、プラスチック製品、殊に、1回限りの使い捨て製品であるストローやマドラー、テイクアウト用の容器に対する使用規制が展開され、加速しています。
欧州では、2021年7月より、テイクアウト用のプラスチック容器・カトラリー・ストロー・バルーンスティック・綿棒の製造・販売規制が施行。同様に、ポリエチレンを使用している製品も禁止されています。
ニュージーランドでは、2023年7月より、プラスチック製品を用いたテイクアウェイに対し、課税されています。
インドネシアでも同様に、テイクアウト用プラスチック製品に対する規制が検討されています。
中国でも、テイクアウト用プラスチック製品の使用削減、及び、プラスチック製のホテルのアメニティグッズの無料配布サービスを2025年内に終了する計画。
プラスチック製ごみ排出制限を目的とした、主にコンビニエンスストア等で配布されているプラスチック製品に対する規制は、世界中でより厳格に、拡大して展開されることが予測されます。
4. 海洋環境保全活動
陸地だけではなく、海洋だけでもなく、私たちが暮らす陸地と、恵みをもたらす海もひとつながり。
希望の光となる現行の海洋環境保全活動について、国際機関と日本のNPOの事例を通して概要を見ていきましょう。
4.1 UNEP国連環境計画
1972年に設立されたUNEP(The United Nations Environment Programme)、国連環境計画。
私たちが直面している3大環境問題である、気候変動・自然環境と生物多様性の喪失・有害物資とゴミ廃棄処理問題の解決への糸口を図るため、193か国の加盟国代表団を束ね、リードし、政策提言及び執行を促す役割を担っています。
これらの3大環境問題は、海洋生態系システムを侵害し、海岸周辺で暮らしを営む人々や、海産物産業界、地球上で暮らす私たちの健康とウェルビーイングへの脅威となっています。
多様な環境問題を有している現代に於いて、3大環境問題の原因として大きな割合を占めるプラスチック汚染の排除へ向け、国際プラスチック条約策定に拍車をかけるべく奔走中の注目すべき国際機関の1つです。
4.2 森は海の恋人
日本と同様に牡蠣を愛して止まないフランス国民。牡蠣は、クリスマスに家族と囲む食卓には欠かすことの出来ない食材の1つ。
1960年代後半、フランスの食文化の一翼を担う牡蠣の養殖に大打撃を与えた牡蠣の大量の死滅。養殖の継続が危ぶまれる事態に陥りました。そこで、疾病に強い三陸の牡蠣生産組合及び海洋分野のKOLに対し、輸出協力を依頼。三陸の牡蠣輸出支援を受け、フランスの養殖産業は危機を脱しました。
同様に、2011年3月11日に発生した東日本大震災によって壊滅的な被害が生じた三陸の養殖産業界に対し、フランスは返礼として輸出支援を実施。双方の交流は長きに亘り、強固に育まれています。
このように、世界的にも有名な三陸の牡蠣。そのメッカである宮城県唐桑町に位置する気仙沼湾を軸にNPO法人森は海の恋人の環境保全活動は展開されています。
風光明媚、かつ、国内有数の漁場であった気仙沼湾の環境悪化が懸念され始めた1960年代から1970年代。
海の汚染は、中山間地域に於ける人間の活動や、工業廃水を介して、その多くは河川から流入します。
問題発生の在処を自然の仕組みの原点を見つめること、いわゆる、生態系を見つめ直すことから始まった植樹活動。里山文化の復活です。
自然環境の保全活動に、大震災での経験も防災への視点として活かされ、これらの取組の効果を測定するために、科学的手法を用いた調査研究も進められています。
5. まとめ
世界中で繰り広げられているプラスチック汚染及び、急進的な気候変動を抑制する官民一体となったアクション。
私たちは、新型コロナウィルス感染症のパンデミックを介して、世界は繋がっており、交通網の発達や人間或いは動物の移動に伴い、これらが媒介者となり、瞬時に拡散されることを実感するに至りました。
魚形の醤油差しが世界中で使用され、認知度が高いことも驚きの事実ですが、合理的な使用禁止の施行理由に対し、開発国である日本から、環境に配慮した新たな商品が誕生し、提案していくことが、要らぬスティグマを払拭する方策になるのではないかと考えます。
同様に、日本でも、近い将来、規制対象として検討していく必要性もあるのかもしれません。
プラスチック製品による有害性が判明した現代に於いて、利便性と経済性だけに囚われた商品開発は、子どもや孫たちと言った次世代を担う人々を取り囲む環境と人体の健康を侵害することに繋がる、思いやりが欠如した行為。
私たちも出来ることとして、短期だけではなく、中長期の視点に立って、家族の健康を意識した消費行動が必要なのではないでしょうか。
【参考資料・URL】
The United Nations Environment Programme (UNEP)
「FROM POLLUTION TO SOLUTION」
A GLOBAL ASSESSMENT OF MARINE LITTER AND PLASTIC POLLUTION
UNEP
https://www.unep.org/
The United Nations
https://news.un.org/en/story/2025/08/1165658
環境省
https://www.env.go.jp/
世界経済フォーラム
https://jp.weforum.org/
BBC
「Australian state to ban iconic fish-shaped soy sauce bottles」
https://www.bbc.com/
NPO法人 森は海の恋人
https://mori-umi.org/