近年、世界的な規模で「食」と「環境」に関わる法整備が急ピッチで進められています。
それは、何故なのでしょうか。
このムーブメントの背景を理解する手助けとなるキーワードが「プラネタリー・バウンダリー (Planetary Boundary) : 地球の収容力」です。
人間の生産消費活動によってもたらされた地球環境への過大な負荷が地球の収容力を圧迫し、限界に達しているという当該警告は、2009年にスウェーデンの科学者であるヨハン・ロックストローム(Johan Rockstrom)博士により提唱されました。
地球環境の最重大課題は、気候変動と共に、生物多様性の喪失、窒素・リンによる過剰な環境負荷であり、これらの課題は、現行の農業生産方法、いわゆる慣行栽培農法との関連性が指摘されています。
動植物は自然環境下で育まれ、私たちの体は食物から作られています。それゆえ、「食」と「環境」は私たちの「健康」と密接に関わりあっていることは明白な事実です。
2025年2月18日、東京を会場とし、気候変動に関する第2回高官級レベル会議も開催され、緊密な協力体制を有するEU(欧州連合加盟国)と日本。
双方の「食と環境」に関する法整備の概要を確認しながら、現状の課題と解決策について何が重要視されているのかを見てみましょう。
目次
1. EUの気候変動対策概要
1.1欧州グリーンディール
1.2ファームトゥフォーク戦略
2. 日本の気候変動対策概要
2.1 みどりの食料システム戦略
3. 地球と私たちの健康に影響を及ぼすリスクファクター
4. リスクファクターを回避するポイント
5. まとめ
1. EUの気候変動対策概要
史上最も急峻的な上昇を見せる産業革命期以降の温暖化現象を象徴的な兆候とする気候変動は、化石燃料の燃焼、森林伐採、畜産業など人間による生業が最大要因の一つ。
これらの活動によってもたらされた温室効果ガスの排出を削減することを主軸とし、気候変動枠組条約締約国会議で定められた共通目標である「世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて1.5℃に抑える努力」を「欧州グリーンディール (The European Green Deal)」と命名された具体的な戦略を用いて、実現に向け先進的に取り組んでいます。
1.1 欧州グリーンディール
グリーンディールとは、2019年12月11日に発表された公正な商取引、かつ、人々の健康増進に寄与し、環境に配慮した包括的気候変動対策のロードマップであり、環境保全を主眼とした欧州連合 (EU)の 経済成長モデルです。
「2050年までに温室効果ガス排出量をゼロにする」ことをKPI (Key Performance Indicator:重要業績評価指標)とし、気候中立(クライメイト・ニュートラル : Climate neutral)の取組に対し、各分野に於いて具体的な目標を設定し、行動を促しています。
全体の中間目標として、2030年時点に於ける温室効果ガス排出量を1990年と比較し55%削減することを掲げ、さらに、2024年2月に発表された追加中間目標では、2040年時点で最終目標値の90%に到達していることが条件であると明言されました。
「欧州連合が世界初の気候中立を達成する大陸となる」ことを宣言し、先駆的取組である旨を誇示。
2020年2月、米国農務省も同様に、二酸化炭素排出削減を目標とする「農業イノベーションアジェンダ」を公表しています。
1.2 ファームトゥフォーク戦略
グリーンディールの中で中核を成す施策が2020年5月20日に施行された「農と食」の分野に於ける「農場から食卓へ : Farm to Fork」戦略。
健康的で持続可能な食料の生産を目指し2030年までに達成すべき4つの主要ターゲットを以下の通り設定しています。
1. 化学的に合成された農薬の使用とリスクを50%削減
2. 肥料の使用を20%低減
3. 家禽および水生生物への抗生物質投与を50%削減
4. 農耕地の少なくとも25%を有機栽培農地へ転換すると共に有機的生産に取組む水産業を拡大する
Farm to Forkの目的は、持続可能なフードシステムへの転換を加速させることであり、以下の5つの要素が重要であることが示されています。
1. 環境へ及ぼす影響が中立的あるいはポジティブである
2. 気候変動による環境変化を低減し地球環境へ適合することに寄与する
3. 生物多様性の消失を阻止する
4. 食の安全、栄養価、公衆衛生を健全に保ち、全てのひとへ食料が十分に分配され、安全性と栄養価が担保された持続可能性が高い食料の確保を確実なものとする
5. 世代間で公平に分配されるよう適正な価格設定、および、EU供給業者の市場競争性と公正取引を支持する
2. 日本の気候変動対策概要
気候変動の影響が生じることは必然の事実として捉え、2015年の閣議決定によって「気候変動への適応を推進する」ことを主眼とした施策展開が提唱され、各省庁より実行計画が示されています。
対策推進分野は以下の7つ。
1. 農業・林業・水産業
2. 水環境・水資源
3. 自然生態系
4. 自然災害・沿岸域
5. 健康
6. 産業・経済活動
7. 国民生活・都市生活
2.1 みどりの食料システム戦略
2021年5月に農林水産省から「みどりの食料システム戦略」として発出され、2023年7月1日に施行された「みどりの食料システム法」(環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律)を法的根拠とした日本版Farm to Fork。
目標達成年次を2050年とし、14項目に細分化された目標達成のためのKPI。農産物として体内に取り込み、少なからず、しかしながら、直接的にわたしたち消費者の健康にも関わる事項を、主に農業分野から以下の通り4項目ピックアップしご紹介します。
1. 農薬など化学合成製品に関わる事項
1.1 スマート防除技術体系の活用や、リスクの高い農薬からリスクのより低い農薬へ転換する。
1.2 化学農薬のみに依存しない総合的な病害虫管理体系の確立・普及する。
1.3 多く使われているネオニコチノイド系農薬を含む従来の殺虫剤の代替品となる新規農薬等を2040年までに開発し、2050年までに化学農薬使用量(リスク換算)の50%低減する。
2. 輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減する。
3. オーガニック市場を拡大しつつ、耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合、2024年時点0.7%を25%(100万ha)に拡大する。
4. 農林水産業のCO2 ゼロエミッション化を実現する。
これら以外のKPIとしては、少子超高齢社会を背景に、AIやロボット技術を活用した農林水産業の推進が提唱されています。
みどりの食料システム戦略によって期待される効果は以下の3つ。
1. 持続的な産業基盤の構築
2. 国民の豊かな食生活、地域の雇用・所得増大
3. 将来にわたり安心して暮らせる地球環境の継承
3. 地球と私たちの健康に影響を及ぼすリスクファクター
Farm to Fork戦略、および、みどりの食料システム戦略の共通見解として、地球環境・生物多様性の継承の重要性が取り上げられています。
その対策として、環境に多くの負荷を与える化学的に合成された農薬や肥料を用いる現行の生産方法から、負荷低減の実現が可能な有機農業への転換を推奨しています。
4. リスクファクターを回避するポイント
世界的に見ても、有機栽培農耕地は慣行栽培農耕地と比較し、まだまだマイナーな存在。
一方で、有機栽培農産物、殊に、農薬も肥料も使用せず栽培する自然栽培農産物や、畜産、複数の穀物や豆類、畜産、微生物や昆虫類の媒介など生物多様性を生かした複合経営を進めることで収穫量を確保しながら、栄養価も高い農畜産物を生産する事例も見られています。
まだ多少なりとも割高感がある有機農産物ではありますが、調理の際に、農薬等の影響を懸念し、必要以上に洗浄することで流出する栄養素の損失を最小限に抑え、時には、皮まで丸ごと食し、健康な土壌と肥料で栽培された農畜産物本来の滋味を楽しむことが可能です。
日々の食卓に有機栽培農産物も取り入れることで、「医食同源」を着実に実現していくステップになるのではないでしょうか。
5. まとめ
気候変動枠組条約締約国会議の名のもと、気候変動に対する世界の課題認識および最終ゴールは共通している一方で、気候・文化・産業構造・人口構成などの違いにより、目的、目標設定、取組内容には少なからず相違がみられます。
少子超高齢社会の現実に立ち向かいながらも、長い歴史の中で先人たちが育み築き上げてきた「自然を畏敬する」価値観を下に、自然との調和を実現してきた日本に住まう私たち。
2015年5月24日、ローマカトリック教皇であるフランシスコ教皇が宗教の枠を超えて全世界に向け発表した環境(社会)回勅である「ラウダート・シ」にも明記されている通り「私たちが共に暮らす家を大切に」思い、具体的に行動することが今求められていることであり、実際に行動することで、大切な家族、次世代、そして世界へと繋ぐ希望の架け橋となるのではないでしょうか。
環境に配慮した行動が、食物や大気、水などを介して、私たち一人ひとりの身体を形作り、年月を経て、私たち一人ひとりの健康状態にも反映されていくのです。
【参考資料/URL】
The European Commission | The European Green Deal
https://ec.europa.eu/stories/european-green-deal/
EPRS ( European Parliamentary Research Service ) June 2020
'Farm to Fork' strategy : Striving for healthy and sustainable food
農林水産省
みどりの食料システム戦略