「勉強やスポーツ、仕事などで集中力を高め、パフォーマンスを向上させることで成果を上げたい」という思いとは裏腹に、「何となく怠くてやる気が出ない」「集中できない」「眠気が襲ってきて、やるべきことが実行できない」という無力感に苛まれ、目の前に立ちはだかる高い壁。
そんな時、心の中では葛藤が芽生え、無力さに苛まれた時に、ふと目に飛び込んでくる「元気溌剌」「朝からエナジー全開」「エナジーチャージ」「活力の維持をサポート」等、魅力的な広告のキャッチフレーズ。
手軽、かつ、低価格でお悩みを解決してくれる救いの光のように見える数々の商品。
消費者の心を揺さぶるキャッチコピーや容器のデザイン、インフルエンサーやタレントを起用したマーケティング手法によって、エナジードリンクは新旧商品相交えて、販売数を拡大しています。
かつては、「24時間戦えますか」等、働く成人男性を対象として、仕事などのパフォーマンスに対する戦意を高揚させる謳い文句が主であった一方、昨今では、マーケットの熾烈な争いと経済勝者への道、そして、販路拡大を目論見、その対象は若年層へとシフト。
他方、大気汚染等に代表される環境条件や日々摂取する食品等によって被る健康リスクは、成人と比較し、成長・発達段階にある未成年者に於いてより高くなる現実。
昨今のマーケティング戦略を背景としたエナジードリンク問題に対して、イギリスに於いては、16歳未満の子どもたちに対する販売規制が厳格化される動きが見られます。
規制の背景と、エナジードリンクに対する各国政府の取り組みを概観しながら、私たち自身や子どもたちの健康を守るために実践できることについて考えてみましょう。
目次
1. エナジードリンク問題
1.1 エナジードリンクの定義
1.2 エナジードリンクの問題点
2. エナジードリンク含有物
2.1 カフェイン
2.2 糖質
3. 子どもとエナジードリンク
3.1 子どもの健康に及ぼす影響
3.2 有害性が認められた事例
4. エナジードリンク販売規制
4.1 イギリスに於ける規制
4.2 諸外国に於ける規制
5. まとめ
1. エナジードリンク問題
最近の有名どころでは、レッドブル・モンスターエナジー、ロングセラーとしては、リアルゴールド・チェリオ・デカビタC。
市場にエナジードリンクが登場してから60年以上が経過し、新旧相交えて様々な商品が並んでいます。
漠然と「元気がでそう」「集中力が高まりそう」な印象を与えるエナジードリンク。
漠然としたエナジードリンクのイメージを払拭し、明確な定義、飲用することで心身に及ぼす影響と問題点について見ていきましょう。
1.1 エナジードリンクの定義
エナジードリンクとは、主に高濃度のカフェイン含有量を特徴とし、身体及び認知機能を強化する働きを担う成分が配合された飲料物であり、運動などの過程で喪失した水分や電解質を補う目的で成分配合が行われたスポーツドリンクとは意を異にする飲料。
イギリスの保健省は、1リットル(L)の清涼飲料水に対し、150ミリグラム(mg)以上のカフェインを含む飲料を高濃度カフェイン・エナジードリンクと定義。
また、通常の飲用量に換算した場合、250ミリリットル(ml)容器中のカフェイン量は80mg、300mlから500ml容器中のカフェイン量は160mgから200mgであると定めています。
1.2 エナジードリンクの問題点
エナジードリンクの大きな問題点として、栄養価に乏しく、或いは、皆無である一方で、高濃度のカフェイン及び糖質が含まれており、肥満や2型糖尿病、う蝕などの歯科疾患の原因となることが挙げられています。
これらの疾患は、カロリーゼロ、ノンシュガー、糖質オフを謳っている商品でも実質、当該成分はゼロではないため、通常の商品と同様に誘発される可能性も指摘。
また、カフェイン含有量及び、摂取本数によっては、血圧上昇やST上昇等心電図異常所見などの循環器症状や眩暈や頭痛などの神経症状が惹起される可能性も示唆しています。
女性の健康との関連では、月経サイクルに於いて、体温が上昇し、妊娠期の基盤となる黄体期の減少も示唆。
液体に溶出した成分は、体内で吸収され易く、また、エナジードリンクに含まれるカフェインや糖質は、嗜好や行動に依存性をもたらし、過剰摂取に陥りやすい特性も有する等、魅力的なキャッチコピーとは裏腹に、問題は山積しています。
2. エナジードリンク含有物
エナジードリンクは、人工甘味料や香料、栄養強化成分など、添加物が多く含まれる超加工食品の1つ。
中でも、その含有量によって問題視されている2大物質であるカフェイン及び糖分を中心に、エナジードリンクの含有物について見ていきましょう。
2.1 カフェイン
コーヒーでお馴染みの成分であるカフェインは、疲労回復などを目的として配合されているタウリンやグルクロノラクトンと共に、エナジードリンクを構成する主要な成分。
他方、体重減少やスポーツなどのパフォーマンス向上を目的として、エフェドリンに類似した物質であるシネフリンと共にサプリメントの成分としても配合されています。
カフェイン成分を摂取することにより、中枢神経系は刺激され、覚醒作用と集中力を増強し、眠気を軽減。
社会的な生活に伴って発生する日々の悩みを気軽かつ手軽に解消できる特性を有し、長らく愛され、広く服用されていることは周知の事実です。
2.2 糖質
エナジードリンクには、通常、約230mlに対し13gから33g程度の糖分が含まれています。
他の清涼飲料水と共に、構成成分である人工甘味料を含む糖質成分は、肥満や2型糖尿病、MASLD等の肝障害、う蝕の原因ともなります。
3. 子どもとエナジードリンク
魅力的なパッケージと手に取りやすく摂取しやすい形態にデザインされたエナジードリンク。
その傍らで、SNSの影響もあり、流行に敏感な子どもたちは、学校という集団生活の中で、話題に取り遅れまいと懸命です。
成人でも摂取量によっては、ネガティブなインパクトを与えるエナジードリンク。他方、発達過程にあり臓器も未発達の子どもたちが受ける影響は成人と比にならないほど甚大です。
エナジードリンクの飲用によって惹起される、子どもたちの健康に及ぼす影響について見ていきましょう。
3.1 子どもの健康に及ぼす影響
成人と同様に、継続して飲用することで、肥満や2型糖尿病、う蝕などの歯科疾患など様々な疾患や症状を誘引すると共に、ネガティブな行動変容や集中力の散漫が観察されています。
更には、頭痛・苛立ち・疲労感・胃痛・睡眠時間と質の低下・ストレス状態の増加・不安や抑うつ症状・自殺企図と成人以上にセンシティブな心身症状を呈していることも判明。
エナジードリンクの常飲は、タバコやベイプ、アルコールなど、有害物質の常用との関連性も高く、殊に、アルコールに於いては、急性アルコール中毒を招く多量飲酒を誘引する可能性を高めると危険性が指摘されています。
とある小児科の権威は、「子どもやティーンエイジャーにとって、エナジードリンクは不要であり、活力は、睡眠・栄養バランスの良い健康的な食事・定期的な運動・家族や友達との豊かな交流によって育まれる」と明言。
実に、この活力源に対する緒言のようなフレーズは、成人を含めた全ての方々に捧げられたメッセージと言っても過言ではありません。殊に、周産期及び授乳時には、アルコールと共に避けたい飲料の1つでもあります。
3.2 有害性が認められた事例
朝食の代替として複数本のエナジードリンクを飲用していた子どもたちが、パニック発作や不安症状、多動症などの症状を呈しているケースが教師によって確認されています。
多量摂取事例に於いては、嘔吐、胃痛など消化器系症状・幻覚・頭蓋内圧亢進・脳浮腫・脳卒中・麻痺・横紋筋融解症・せん妄・筋緊張亢進・発作・不整脈、そして、死亡と身体及び生命の危機に瀕する症状や最悪の事態も報告されています。
活力を得る目的とは裏腹に、危険極まりない命懸けの側面を有するエナジー飲料であると言わざるを得ません。
4. エナジードリンク販売規制
各国政府が動き出した、子どもたちを取り巻く嗜好品を中心とした食環境に対する施策や規制。
昨今では、スナック菓子、加糖飲料、トランス脂肪酸を多く含むジャンクフードなど、子どもたちにとって魅力的な商品は、増加し続ける肥満や2型糖尿病をはじめとした生活習慣病の主たる原因であるとし、課税など規制の対象となっています。
その中でも、摂取量によっては、生命のリスクとなり得るエナジードリンクに対する各国の取り組みについて見てきましょう。
4.1 イギリスに於ける規制
16歳未満へのエナジードリンク販売規制は、1990年に発出された食品安全法令に基づき施行されています。
一方で、イギリス国内に於いて、13歳から16歳の1/3及び、11歳から12歳の1/4に該当する子どもたちは、週に1本以上のエナジードリンクを飲用している事実が調査結果で判明。
2018年に11歳から16歳の子ども達を対象に行われた調査では、250,000人に相当する9%の割合で、エナジードリンクを週に2回から4回飲用。
2022年に実施された調査では、100,000人を超える4%に該当する子どもたちが、毎日1本以上のエナジードリンクを服用している実態が明らかとなりました。
保護者や教師達からの働きかけ、更には、2024年に発せられたイギリス国王チャールズ3世による進言を背景に、イギリス政府は、カフェイン高含有のエナジードリンクは、子どもたちのフィジカル・メンタルヘルス及び、睡眠の質と学業成績にネガティブなインパクトを与えるとして、16歳未満の児童に対する販売規制を厳格化。
16歳未満の子どもたちに対し、1L中に含まれるカフェイン量が150mgを超過する飲料の提供は、オンライン・小売店舗・カフェやレストラン・自動販売機・テイクアウト及びデリバリーなど何れの小売業態に於いても認められない運びとなります。
併せて、「カフェイン高含有飲料」である旨、商品への表示と共に、16歳未満の子どもと周産期及び授乳中の飲用は避けるべきであることを明記する必要性にも言及。
王室御用達の食料品店であるWaitrose(ウェイトローズ)は、16歳未満の未成年者に対するエナジードリンク販売規制を2018年に国内で最初に実施した消費財販売店です。
エナジードリンクだけではなく、砂糖を含む清涼飲料水全般に対して、100ml中に含まれる糖質の総量が5g以上8g以下、または、8g以上と含有量別に分類し課税。
更には、16歳未満の子どもたちに対し販売した実態が明らかとなった場合、事業規模に応じた罰金も科せられます。
イギリス政府は、子どもたちの健康を守ることは、子どもたち自らが善き成長のスタート地点に立つことをサポートすることであり、子どもたちが長期間に亘るヘルスベネフィットの恩恵を享受することで、将来的には、国民医療サービスの健全な維持に還元されると考え、多くのステークホルダーの思惑が交錯する中、施策展開を推進する意義を明確にしています。
現在、2025年11月26日を期限とし、エナジードリンク販売規制強化に対するパブリックコメントを募集であり、当該課題への取り組みに対し、イギリス政府は、透明性と公正性の高い姿勢を国民に対し示している様子が垣間見られます。
4.2 諸外国に於ける規制
EU欧州連合は、2011年より、1L中に150mg以上のカフェインを含有するコーヒー及び茶類を含む全ての飲料に対して、「カフェイン高含有飲料につき、未成年者及び周産期・授乳中の女性の飲用は避けることを推奨する」旨の表示を義務付けています。
オーストラリアやカナダでもEUと同様に、日内摂取上限値をパッケージに記載することを義務化。
カザフスタンでは、21歳未満の若年層に対し、エナジードリンクの販売規制を設けています。
ノルウェーでは、2026年からエナジードリンク規制が開始される予定です。
増加の一途を辿る肥満人口や2型糖尿病の罹患率を背景に、健康上の懸念から、若年層を中心に、各国政府はエナジードリンクに対する規制を強化する動きを加速させています。
5. まとめ
消費者の反応や声と企業間の競争によって、マーケティング戦略の対象は、年々、低価格化、低年齢化の傾向。
マーケットに於ける勝者となるべく、CSRの大義名分を掲げる一方で、健康や環境に及ぼす影響など、然るべき情報を提供しながら商品の開発及び販売を実践している企業は、残念ながら、目下、ほんの一握りと言わざるを得ないのではないでしょうか。
環境と健康を豊かに育みながら、収益も得られる経済及び社会構造とシステムが構築される未来が遠くはないことを願うばかりです。
一方で、消費者の反応や声は、企業による商品開発及び販売計画に影響を与えることは可能であり、かつ、販売数に影響を与える以上、企業サイドは敏感に応えなければ経営も成り立たなく、大企業でも突如形勢が不利になる昨今の社会情勢下に於いて、決して小さい存在ではありません。
ひとり一人、そして、家族単位でも、日々手に取る商品について、面白みやカッコ良さ、注目度だけで計ることなく、健康や環境に及ぼす影響についても考え、「社会は変わらない」と諦めずに、ひとり一人が良識を持って小さな一歩を踏み出し、前進。
そして、少しずつでも良い変化が見える明るい兆しが見え、次世代を担う子供たちも期待を持って物事に取り組むことができますように。
【参考URL・資料】
GOV・UK
https://www.gov.uk/
Committee on TOXICITY
「COMMITTEE ON TOXICITY OF CHEMICALS IN FOOD,
CONSUMER PRODUCTS AND THE ENVIRONMENT」
EFSA
https://www.efsa.europa.eu/en