昨今、よく耳にするようになった言葉の1つとして「アニマル・ウェルフェア」が挙げられます。
ヴィーガンやベジタリアン、あるいは、欧米出身のご友人をお持ちの方々には既にお馴染みの言葉でも、日本で日々の生活を送る際、日常会話の中で耳にする機会は少ないかもしれません。
既にご存知の方も、まだ真新しい言葉として捉えていらっしゃる方にも、ヴィーガン・ベジタリアンの方にも「アニマルウェルフェアは、私たちの健康と密接に関わりあっている」と感じて頂けるよう、新たな角度からの視座を加えてお伝えします。
目次
1. アニマルウェルフェアとは?
1.1 定義と目的
1.2 動物に与えられる5つの「自由権」
1.3 リスボン条約
2. 有機畜産業とアニマルウェルフェア
2.1 有機牛乳・牛肉
2.2 有機鶏卵・鶏肉
2.3 有機豚肉
3. 感染症対策とアニマルウェルフェア
3.1 口蹄疫
3.2 アフリカ豚熱
3.3 鳥インフルエンザ
4. One Healthアプローチ
5. まとめ
1. アニマルウェルフェアとは?
1.1 定義と目的
本拠地パリで1924年に設立された獣疫に関わる国際組織であり、動物の衛生向上と疫病対策を目的として、動物衛生や人獣共通感染症に関する国際基準の策定等を担っている国際獣疫事務局(Office International des Epizooties : OIE)、通称、世界動物保健機関(World Organisation for Animal Health : WOAH) により2008年に提言されたアニマルウェルフェア(Animal Welfare)の定義は以下の通りです。
アニマルウェルフェアとは、「動物にとって健康的、快適、良好な栄養状態、安全、生態的行動が確保され、疼痛や恐れ、ストレス環境から解放されている高水準の福祉が施されている状態」を意味する。
アニマルウェルフェアは、科学、倫理、経済、文化、社会、宗教、政治哲学と社会構造の様々な要素が複雑複合的に関連しあっており、昨今、広く市民からの関心も高く、WOAHが取組むべき最大の関心事でもあると述べられています。
また、動物の誕生から臨終に至るまでの各プロセスに於いて、環境条件によってもたらされる心身の状態が、負の要因によって脅かされることなく、良好に保たれることを目的としています。
日常的には、ベジタリアンやヴィーガン志向の方々によって、welfare、well-being、すなわち、動物に対する慈悲と憐みの念を根幹とし、福祉の視点と倫理的な文脈で語られ、耳にすることが多いのではないでしょうか。
他方、獣疫を専門とする機関が重大な関心事として捉えているように、アニマルウェルフェアは、動物の幸福だけではなく、動物の衛生および健康、疾病とも密接な関係にあります。
新興感染症の約75%は動物由来であると言われており、動物に於ける疾病予防対策は、私たち人間の疾病予防対策と共に重要な課題です。
1.2 動物に与えられる5つの「自由権」
国際獣疫事務局によって1965年に作成されたガイドラインでは、畜産業などに於いて、動物が人間によって強いられたネガティブな5つの環境要因からの「自由」「解放」が必要であることが明文化されました。
動物のための5つの自由権とは、
1. 飢渇と栄養不良からの解放
2. 恐怖とストレッサーからの解放
3. 高温ストレスと身体的苦痛からの解放
4. 疼痛と傷病からの解放
5. 生態に反する行動制限からの解放
1.3 リスボン条約
EU欧州連合ならびにEC欧州委員会は、40年以上にも亘って、段階的に、畜産業に於けるアニマルウェルフェアの重要性について議論や法整備を重ねてきました。
アニマルウェルフェアに関わる実践の如何に対し罰則を設け、法的強制力を擁する起点となったのは、2009年に批准されたリスボン条約13条。
畜産業に関わる全てのステークホルダーに対し、動物福祉の視点を持って取り扱われるべきであることが示されました。
2. 有機畜産業とアニマルウェルフェア
オーガニック先進国であるデンマークの有機畜産業の事例を通して、アニマルウェルフェアの実践について考察してみましょう。
デンマーク王国は、元来、主要産業として畜産業が盛んな国。
中でも、オーガニックの手法を用いた畜産法を世界に先駆けて取り入れ、気候変動に対するゼロエミッションに則った、積極的かつ先進的なサスティナブル運営に注力しています。
畜産業が盛んな国に於いて、オーガニック革命も酪農協同組合から始まった歴史を有しており、アニマルウェルフェアの視点は、近年萌芽したものではなく、既に成熟し、根づいています。
家畜の種別に飼育指針が示されていますが、全てに共通して求められている項目は以下の4点です。
1. 牧草地や屋外にアクセスが可能なこと
2. 家禽舎に於ける十分なスペースの確保
3. 有機飼料を与えること
4. 如何なる成長促進剤、ホルモン剤、繁殖抑制に関わる類似の薬剤、予防的措置としての抗生物質、他の化学合成物質の投与禁止
家畜の種別毎に、有機畜産業に於ける実際の取り組みを見て見ましょう。
2.1 有機牛乳・牛肉
行動域に関する規定では、屋外に於いては牧場面積に適した家畜数に制限すること、冬季の屋内生活では移動の自由が保証され、4月15日から11月1日までの期間は放牧地へのアクセスが可能とされています。
母児関係に於いては、分娩後は、少なくとも24時間は仔牛と一緒に過ごすことができるように配慮すること、また、2019年1月1日より仔牛の組織的屠殺は禁止されています。
医療的措置に関しては、罹患し、医療的措置が施された際には、牛乳販売の検閲期間は、従来型生産の2倍の長さが求められています。
2.2 有機鶏卵・鶏肉
家禽舎の密度に関して、従来型の生産方式では、1㎡の敷地面積に対するブロイラー鶏は最大10羽とされていますが、有機鶏肉では、最大6羽までに限定されています。
屋内は自然採光を用いること、また、少なくとも8時間に亘る遮光が求められています。
出荷に際して、屠殺体重到達への目安は、2,200g、かつ、従来品では、35から38日であるのに対し、オーガニックでは約57から60日の日数を要することが示されています。
2.3 有機豚肉
養豚場では、快適なスペースが与えられ、離乳には、少なくとも生後7週間を要するとされています。
一度なりとも医薬品の投与がなされた場合、オーガニックとしての販売は不可能であり、転換期間を設ける必要性が示されています。
3. 感染症対策とアニマルウェルフェア
動物が関与する感染症として、口蹄疫やアフリカ豚熱のように動物間で感染拡大する疾患、新型コロナウィルスのように、動物由来の感染源が、ヒト-ヒト間で感染拡大する動物由来感染症、あるいは、鳥インフルエンザのように動物とヒトの間で感染が拡大される人獣共通感染症が挙げられます。
私たちの食の安全にも関わる畜産業に於いて、家畜が感染症に罹患した際、動物はどのような症状を呈し、畜産業者にはどのような対応が求められ、そして、私たち健康にどのような影響を与えるかについて、主な疾患を例に、その概要を見ていきましょう。
3.1 口蹄疫
口蹄疫ウィルスの感染による急性熱性伝染病で、感染力が強く、牛、豚、綿羊(羊)、山羊など、ほとんどの偶蹄類(蹄が2本に分かれている)動物が感染します。
病名は発症した動物の口、蹄及び乳房周辺の皮膚や粘膜に水疱が形成されることに由来し、家畜の中で口蹄疫ウィスルに最も感受性が高いのは牛、次いで豚、羊、山羊の順です。
ヒトはウィルスを媒介し得ますが、ヒトに於ける発症例はありません。
一度感染した場合、感染力および致死性が高く、早急な殺処分が必要となるため、畜産業に大きな打撃を与えます。日本での発症例はありませんが、今月、韓国に於ける発症報告を受け、畜産業者に対して、農林水産省から注意喚起が発出されています。
予防原則の感染源を持ち込まないことが重要な対策です。
3.2 アフリカ豚熱
アフリカ豚熱(African Swine Fever:ASF)はアフリカ豚熱ウィルスによる豚および猪の熱性伝染病で、強い伝染性と高い致死率を特徴します。牛などの他の動物への関連例の報告はありません。また、ヒトには感染しません。
発症した動物には、発熱、出血性の病変が見られます。
ウィルスに汚染された豚肉や豚肉加工品を豚に給餌することや、豚同士の直接的または間接的な接触により感染が拡大します。
ウィルスは、死亡した豚の血や、臓器、筋肉にも3から6か月間感染力を有したまま残存することが確認されており、生ハム中で140日間、加工肉では300日以上も感染力を維持し、感染した飼料を動物がかじっただけでも感染すると言われる程、その感染力は強力です。
ワクチンおよび治療薬は現存しておらず、一度感染した場合、同居していた豚も含め大量の殺処分および焼却などが必要とされるため、徹底した予防対策が求められています。
3.3 鳥インフルエンザ
鳥がA型インフルエンザウイルス(H7N9亜型)に感染し発症する疾患。ヒトに感染した場合、重篤な症状を引き起こすとされ、海外ではヒトへの感染例も報告されています。
国内でも、養鶏場では散発的な発生が見られますが、発症時には、速やかに殺処分や消毒が施されるため、ヒトへの感染例は報告されていません。
仮に、鳥インフルエンザに感染した鶏肉を食した場合でも、加熱調理によってウィルスの感染力は無力化されるため心配はないとされています。一方で、加熱の際には、70℃以上で十分に加熱することが必要です。
4. One Healthアプローチ
地球に住まう私たちは、人、動物、環境が相互に影響を与え合いながら生命活動を営んでいます。
一方で、自然環境に過度な負荷を与える農業、広範囲に亘る森林伐採や土地開発による土壌の劣化、生物多様性の喪失は、生態系に元来備わっている均衡性を崩壊させつつあります。
この不均衡によってもたらされた、私たちの生命を脅かす兆しは、気候変動に伴い多発する異常気象としても昨今垣間見られ、その脅威が現実味を帯びてきました。
また、これらの環境の変化に伴い、動物由来の新興感染症の発生も後を絶ちません。
これらの問題意識を背景に、近い将来発生し得るパンデミックに備え対処するためには、多角的かつ包括的アプローチが重要であるとし、FAO世界食糧機関、WHO世界保健機構、WOAH, OIE国際獣疫事務局の3者間で発生予防や発生拡大防止に関する協議が進められてきました。
2021年2月には、この3者間協議にUNEP国際連合環境計画も参画し、One Healthコラボレーションとして、未来志向の新技術も取り入れながら、ヒト、動物、環境に関わる具体的な予防行動指針を策定。
SDGsを達成すべく、ステークホルダーと協働しながら、地球規模で思考し行動するOne Healthアプローチを進めています。
5. まとめ
動物も人間同様に、栄養状態の低下、ストレス負荷が高い環境下では免疫力が低下し、また、衛生管理状態、動物の居住空間の条件によっては感染しやすい環境が生じます。
動物に於いても「予防は治療に勝る」のです。
動物は、私たちの命の糧となり、栄養素として身体に活力を与えるだけに留まらず、風味豊かな味わいによって、食すことの喜びまで与えてくれます。
全てが有機畜産物の生産方法を取り入れるのは現実的ではないかもしれませんが、「いただきます」の感謝の気持ちを忘れず、また、どのように生産されているのかについても、目も心も配る必要があるのではないでしょうか。
【参考URL・資料】
農林水産省
https://www.maff.go.jp/
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
https://www.naro.go.jp/index.html
国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/ja/
World Organisation for Animal Health
https://www.woah.org/en/home/
European Commission
https://food.ec.europa.eu/animals/animal-welfare_en
「Animal welfare proposals and Communication adopted by the Commission on 7 December 2023」
「デンマーク王国大使館配布資料」